自然毒食中毒

 食中毒は、しばしばニュースで見聞きします。患者が数百人かそれ以上の規模だとか、死者が出たとなれば尚更です。腸管出血性大腸菌による食中毒は殊に悲惨な事件になり、法改正のきっかけになった事例もいくつもあります。複数の患者を発生させた食中毒事故の大多数は、この腸管出血性大腸菌のような細菌によるものと、ノロウイルスのようなウイルスによるもので占められています。厚生労働省の食中毒統計資料を見れば、それは一目瞭然です(図1)。

図1 病因物質別事件数の年間発生状況(2人以上の事例 令和4~6年)
図1 病因物質別事件数の年間発生状況(2人以上の事例 令和4~6年)

 ただ、患者が1人だけの事例も数に含めると、寄生虫による事故の件数が一気に増えます(図2)。

図2 病因物質別事件数の年間発生状況(患者1名の事例含む 令和4~6年)
図2 病因物質別事件数の年間発生状況(患者1名の事例含む 令和4~6年)

 令和6年を例にとると、アニサキス食中毒事故の大半(全332件のうち325件)で患者が1人だけでした。他方、細菌性食中毒事故全320件のうち、患者が1人だけだったのは20件に過ぎませんでした。アニサキス食中毒事故と細菌性食中毒事故でこのように大きな違いがあるのには、さまざまな要因が考えられますが、ともあれ、摘発されるアニサキス食中毒事故には、患者が1人だけという事例が多いという特徴があります。同じように、植物性自然毒や動物性自然毒による食中毒事故でも、患者が1人だけという事例が多い特徴があります。令和6年に発生した植物性自然毒食中毒全41件のうち15件、動物性自然毒食中毒全16件のうち14件が患者が1人だけの事例でした。このような自然毒食中毒の特徴は、不特定多数の人が来る飲食店ではなく、家庭で発生した事例が大半(図3)であることが大きな要因でしょう。これはすなわち、患者の多くが毒のあるものを自ら調理し、食べていたということです。

図3 自然毒食中毒の原因施設(令和4〜6年)
図3 自然毒食中毒の原因施設(令和4〜6年)

 自然毒食中毒にはもう一つ問題があります。それは、死者数が多いことです。図4は平成27年から令和6年までの10年間の食中毒による死者の数を比較したものです。植物性自然毒による死者数が最も多く、細菌、動物性自然毒、ウイルスの順となっています。細菌による死者数もわりと多いですね。

図4 死者数(平成27年〜令和6年)
図4 死者数(平成27年〜令和6年)

 しかし、患者数あたりの百分率で見ると、細菌とウイルスに比べて、自然毒による死者が相対的に多いことがわかります(表1)。細菌の中で、最もたくさん人を殺している腸管出血性大腸菌ですら、10年間の死亡率は0.69%(死者12人/患者1,736人*100)ですから、自然毒の怖さが際立っています。

表1 患者数に対する死亡者の百分率(平成27年〜令和6年)
表1 患者数に対する死亡者の百分率(平成27年〜令和6年)

 では、自然毒食中毒で亡くなった人は、何を食べたのでしょうか?

表2 死亡原因となった食品(平成27年〜令和6年)
表2 死亡原因となった食品(平成27年〜令和6年)

 表2を見ると、植物性自然毒はイヌサフランがダントツの多さですね。イヌサフランによる食中毒件数は、植物性自然毒全体の4.6%(イヌサフラン食中毒件数21件/植物性自然毒食中毒全件数453件*100)に過ぎないのに、死者の64%がイヌサフランによるものです。なお、10年間のイヌサフラン食中毒の死亡率は、50%(死者数14人/患者数28人*100)です。次にキノコですが、ドクツルタケ、コテングタケモドキ、ニセクロハツなどをまとめると、毒キノコによる死者は4人です。動物性自然毒は、やはりというか、フグで亡くなる人が多いですね。
 さて、有毒植物を食べてしまうのには、共通の原因があります。よく似た食用植物と間違えるのです。例えば、イヌサフランはギボウシやギョウジャニンニク、ジャガイモ、タマネギなどと、スイセンはニラやノビル、タマネギなどと、トリカブトはニリンソウやモミジガサなどと間違われやすいようです。毒キノコも言わずもがな、よく似た食用キノコと間違えるのです。絶対確実なものだけ食べるようにすれば良いのに、何故か、食べちゃうのですね。動物性自然毒のフグやアオブダイも、間違えて食べたのでしょうか? フグは有毒部位を除去して食べられていますし、アオブダイも食用にされている地域があるそうですから、間違えるというより、それと認識しながらいい加減な捌き方をして当たったという感じですね。ともかく、植物にせよ、動物にせよ、素人判断と未熟な技術で食べると碌なことはないということです。

 厚生労働省食中毒統計資料の今年(令和7年)10月1日時点の速報では、植物性自然毒(スイセン、バイケイソウ類、トリカブトなど)で11件、動物性自然毒(フグ)で2件の食中毒事故が起こっています。幸い、これまでのところ死者は出ていませんが、図5のとおり、9〜11月は毒キノコによる食中毒が増えるシーズンです。

図5 毒キノコによる食中毒の月別事件数と患者数(平成27年〜令和6年)
図5 毒キノコによる食中毒の月別事件数と患者数(平成27年〜令和6年)

 線グラフが事件数を、棒グラフが患者数を示していて、それぞれ年ごとに色分けしています。ちょっとごちゃごちゃして見にくいですが、特に9、10月の件数と患者数の増加が目立つことは分かると思います。この季節は、クマが冬ごもりを控えて活発に活動する時期と重なります。今年もキノコ狩りをしていてクマに襲われたという事件が複数発生し、死者も出ていますので、キノコ狩りは程々にしておいた方が良いのでは、とも思います。

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